一緒にいないみたいだね
恋人と同居している。研究にとても忙しい人で、一緒にいる時間は少ない。週に3回ほどご飯をつくって食べる。けど食べるのがすごく早くて、食べ終わったらすぐまたチャリで5分の研究室に戻る。時々は、私が寂しくないように、家で続きの作業をしてくれる。余裕があるときは、トレーニングをしながらライバロリ(ポケモン対戦youtuber)の動画を2倍速で観ている。
学校で徹夜する日の夜中、お風呂に入るために一回戻ってくることがある。話す時間がほしくて、時間を合わせて一緒に風呂に入る。頼んだら髪を洗ってくれる。洗う指の動きもすごく早いので慌しく感じるけど、握力が強くて上手だ。優しい人だと思う。
今日は2時前に帰ってきた。起きてたけど、帰ってきたら起こして、と頼んであったから、2階に上がってきてくれた。
私が洗った五徳の水気をキッチンペーパーで拭き取っている彼を横目に、先に湯船に浸かって歯を磨く。
磨き終わってしばらくして彼が入ってくる。桶で体を洗い流すのを眺める。浴槽に彼の分のスペースを空ける。
彼は浴槽に体育座りするとすぐに、目を瞑って何か(というか、絶対に研究のこと)を考え始めた。私の頭の中では蛍光色でできたさびしいの四文字がゆっくりと明滅していて、もう他のことは何も考えられなくなっている。この寂しさは執着だ、この人の好きにさせよう、そして私も好きにするんだ、と思おうとするが、ちっともさびしさを手放すことができない。
突然「落ち込んでる?」と尋かれた。
「...まぁ、ちょっと?」と少し戯けた感じで答えた。
「なんで?」
「一緒にいるけど、他のこと考えたくて他のこと考えてるみたいだから かな」
「ふーん」
・・・
「ノーコメントなの?」
「え?」
「考えてること話したし、それを聞いて考えたこと、教えてくれない?」
「・・・色々考えたけど、この後研究室戻るし、話し始めたら長くなるから、思考を放棄した」
「そっかあ」
意志に反してさびしいの信号はどんどん頻回に明滅する。近くにいたらいるだけ、とろっとしたさびしさが絡みついてくるのがわかった。ゆっくり浴槽から上がって、身体を流して、できるだけソフトに聞こえるように「先に上がるね」と言って、浴室を出た。
私は、しばらく前から、ほとんど人間関係のことだけを考えて生きていて、一緒に住んでいる人間のことなんていうのは、一日で一番長く考えている。
やりたいことを思い浮かべたり、恐いことを心の中で拒否したり、昔あったぴかぴかに素敵な瞬間を思い出してにっこりしたり、もう会えなくなった友達のことを考えて心を冷やしたり、といったことをぜんぶ合わせた時間の半分くらいは、考えている。
彼に前に、研究に比べて私にはどれくらいの興味があるかと尋ねたとき、「十分の一くらいかな?だけど、人の中では一番、興味あるよ。」と言っていた。
自分が不満を感じないように、また相手に圧を与えないように、私も彼が私に抱くのと同じだけの興味を彼に対して抱くように調整したい、と思う。
だけど、どんなに外にいる時間を増やして、好きな人達と電話したりしても、最後は一緒に住むことにしている空間で一人で過ごすことになり、どうしたって不在が意識に上ってくるのを止められない。
そもそもからして関心の差が大きすぎて、合わせにいくのが相当難しいと感じる。
ずぼらで緩慢のくせに気にしいの私にとって、私にあんまり興味がなくて、どう思われてるかにもあんまり興味なくて、それ故に何に関しても頗る寛容で、器用で生活の上手な彼との同居は、かなり有り難くそしてとても快適だ。
ただ、相手にとってどういう利益があって、何を求めて私と「付き合っ」て、一緒に住みたかったのか。一緒にいるとき、他の時間よりも楽しいと感じるのかどうか、推測できない。尋いてもわからない。わからないと、不安になる(わかった気なんてする方が錯覚なんだとわかっていても)。
私は勢いに任せて折角書いた文章を誰かには読んでほしくて、この記事をツイッターに載せると思う。私のと彼のアカウントとは相互フォローになっているけど、彼はすごく忙しいから、読まない。もし仮に読んだとして、コメントを私に伝えてくることも多分ないと思う(話し始めたら長くなるので)。
私の思考にも感情にもそんなに興味がない人と、どうして住んでいるのだろう(知ってる。変だし、わけわかんなくて、それがかわいいと思って、住んでる)。誰と住んでいるんだろう。何と住んでいるんだろう。